ランチョン
さっさと店を閉めて、
毎晩のようにランチョンへ通う、父親。
頃合いを見て、迎えに行くのは、まだ幼い娘。

「お母さんが、そろそろ、だって。」
膝の上に乗せてもらい、つまみの塩豆をもらう。
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1930(昭和5)年頃のこの思い出話の中で、
現存は、ランチョンだけになってしまいました。

祖父祖母伯母を偲んで・・・という理由をつけて
ランチョンの美味しいビールを飲みに行きたいです。


神田すずらん通り
駿河台下交差点から白山通りに至る約250mの商店街、神田すずらん通り。
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曽祖父の大久保延次郎、祖父の大久保幸三は、すずらん通りで靴店を
営んでいました。
幸三の娘四人の内のひとりが、1956(昭和31)年、鶴谷洋服店に嫁ぎました。

四人姉妹の、記憶の中のすずらん通りは、夜店が並んで、
街灯のきれいな賑やかな通り。
まだ、『すずらんまつり』も『古本まつり』も無い戦前の情景が、
懐かしく思い出される様です。

現在のすずらん通りの事を報告しても、
「へぇ~・・・。」
としか返答の無いのが、少し淋しいです。


ランチョン
第52回神田古本まつりが終わりました。
八日間、沢山のお客様で賑わった神保町でした。

昨日のお昼ご飯はランチョンにて頂きました。
時間も遅かった為、ゆったりとした店内の窓際へ案内されました。
靖国通り、古本屋街、ほんの少しですが、鶴谷洋服店も見えました。

昭和20年8月15日、伯母が鶴谷に嫁ぐ11年前の話です。
伯母は、勤労奉仕の先で終戦を知りました。
東京駅まで省線でたどり着き、呆然としていた所、
ランチョンのご主人に「大久保さんのお嬢さん?」と
偶然に声を掛けられ、そこから神保町まで2人で歩いて帰ったそうです。
あの時、ランチョンのおじさんに見つけてもらえなかったら、
家まで帰れなかった…
と、伯母は昨日の事の様によく話しております。

実は当時、伯母の父、つまり私の祖父は、
すずらん通りで「大久保靴店」を営業しておりました。
現在の神田南神保町郵便局の場所です。
ランチョンは、その祖父の行きつけの店でした。
毎晩のように飲みに行っていた、と聞いております。
そのおかげで、ランチョンのご主人も、
伯母をご存知だったのでしょう。

神保町の老舗ビヤホール ランチョンは、
神保町駅1分の好立地で、老舗洋食屋メニューと
ビヤホールのビールが楽しめます。