2015未年。羊について、その1
2015(平成27)年 未年。
早いもので、大寒も過ぎました。

羊と言えば、紳士服地(羅紗)は羊の毛織物であるため、
昔から紳士服業界では、様々な物に羊をモチーフとして
使ってきました。

例えば、羅紗のブランド・タグにも
pla fuda hitujiのコピー
これらの様に、羊をあしらった物があります。


研ぎ屋現る
「ハサミに包丁。何でも研ぎます。今すぐ研ぎます。
決してお手間は取らせません。この場で研ぎます。御用はいかが。」
話に聞いていた、行商の研ぎ屋さんが店先にて突然、口上を述べました。

咄嗟に「えーと・・・。今、間に合っております!」と言うと
ニッコリ笑顔で、ペコリとお辞儀をして
スッと出て行かれました。

仕事中の鶴谷の伯父は、常に時間を惜しんでいるように見えました。
仕事以外の電話や、親戚の訪問すら
手を休める理由にはしたくない、といった風でした。
そこへ行商に来る研ぎ屋も、同じ職人です。
プロ同士の緊張感と、阿吽のやりとりがあったことでしょう。
先の口上ひとつとっても、今時のセールスとは違い、
相手の邪魔をしない工夫を感じます。
いいものを聞かせていただきました。

昔の話を聞く、滅多に無いチャンスだったのかもしれません。
「ちょっと待って・・・」と通りに出ましたが
もう姿が見当たりませんでした。去り方も見事です。

IMG_2061.jpg
この僅かな時間の出来事を、後からあれこれと後悔しています。
研いでもらう鋏を準備し、再訪を願っています。
(写真は店内壁面に下げられて数十年の木製ハサミです。)

もうすぐお盆です。
鶴谷家3代の職人も、近くに来ているのでしょうか・・・


職人現る
先日夜、そのままにしてある洋服店の看板と店の灯に誘われて、
一人の男性がいらっしゃって、お話していかれました。

その方は、銀座のテーラーに小僧入りして修行し、
仕立て職人をされていたそうです。
私共には、仕立ての技術が無いどころか知識もほとんど無い事に
呆れつつも、そのお話は、鎧屋、森脇、ホソノ、後藤テーラー、
英国屋、コナカ、青山…といったお店の話から、
洋服作りの技術論にまで及びました。

かなりお酒を召されており、声が大きく勢いがあるため、
正直申しまして、最初は少し怖かったのですが、元職人と分かると、
会話は噛み合わずとも、おっしゃる事が気になります。
「何言ってるかわかる?わかんねえか」と、暖簾に腕押しでしたが、
「南海キッチン! あそこはうまいよ!!」という言葉にだけは、
(知ってる名前が出たっ!)と、大きくうなずけた私共でした。
私共なりに要約すれば、腕を持った職人の活躍の場が減っていく
のは、時代の流れとは言え寂しい、という風に聞こえました。

同時に居合わせた他のお客様には、騒がしく、大変失礼してしまい
恐縮しておりますが、その一方で、伯父やその先祖と同業の職人が
突然目の前に現れ、まるで映画でも観ているような、不思議な
ひと時でもありました。
素面ならもう少し洋服の話を伺えたのに…とも思います。

かつていたという、鋏一つ持って渡り歩く渡り職人とは、
こんな感じだったのか…とか、
鶴谷福太郎も良く参加したという洋服師の寄り合いは、
さぞや賑やかであったろう…とか、
想像は巡ります。

もうすぐお盆です。
鶴谷家3代の職人が、近くに来ているのでしょうか・・・


ミシンの日
今日は、『ミシンの日』だそうです。
NHK連続テレビ小説「カーネーション」で大活躍の
「足踏みミシン」ですが、鶴谷洋服店のミシンは、
残念ながら稼働しないまま数年が過ぎてしまいました。

まるで伯父の身体の一部の様なミシンです。
店の奥の仕事場に、糸巻きもそのままで置かれています。
misin2
一体、このミシンから、何着の紳士服が作られたのでしょうか。
天板部分は、かなり磨り減っています。

伯父72歳の時、夜明けの皇居一周ランニング中に轢き逃げに遭い、
右足大腿骨の複雑骨折という大怪我を負いました。
懸命のリハビリで4ヵ月後、奇跡的にミシンを踏めたそうです…。

職人の無口な伯父ですので
殊更『ミシンの日』がなんだ、うるせぃな…と
言われてしまいそうです。

いい服の日
今日11月29日は、「いい服の日」なのだそうです。
学生服のトンボが制定したとか。
ところでいい服とは、どんな服なのでしょうか。

親戚の中にも、伯父に背広をオーダーしたものが何人かおり、
口を揃えて言うのが、「長く着ても疲れない」
「体に馴染み着用感がない」「型が崩れない」
といった感想です。
その件について伯母に尋ねると、伯母曰く、
「きっと、使っている芯が、既製服とは違うからよ。」
という答えでした。
使う芯にも三種類あり、全て最上の物を使っていたとの事。
洋服を作れない私達には、その芯が何たるかもよくわかりませんが、
とにかく、伯父に限らず、職人の作ったものというのは、
使って初めてわかる良さが確実にある、ということでしょう。

今後私達は、どれだけそういうものに出会えるのでしょうか。