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1942(昭和17)年
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企業許可令第七條二依ル事業報告書
一、現二行フ事業
  洋服裁縫
二、事業ヲ行フ場所ノ位置又ハ事業ヲ行フ区域
  東京府東京市神田区旭町拾番地
三、取扱物資ノ種類
  男子注文服、セビロ、オーバ、モーニグ(モーニング)、
  フロークコト(フロックコート)、
  国民服(洋服裁縫ノミ)
四、当該事業ヲ開始シタル時期
  明治二十八年二月

右企業許可令施行規則第十一條ノ規定ニ依リ及報告候也
東京府経済部収受 昭和十七年二月十一日

住所 東京府東京市神田区旭町十番地
報告者氏名 鶴谷福太郎 印

東京府知事 松村光麿殿  東京洋服商工同業組合

【別紙】
第2366号
企業許可令第七條二依ル報告書受理ス
昭和十七年五月二十五日
東京府知事 松村光麿
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鶴谷洋服店に残されていた戦時中の書類の一つです。
神田区旭町は、現在の内神田あたりです。
鶴谷福太郎60歳、鶴谷光明20歳の年でした。

この年は又、終戦前では最後の神田祭が行われた年でもあります。
その後、神田祭再開まで、10年を要することとなります。

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