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元洋服店が観た『少年H』 その2
妹尾洋服店は当然日本家屋。
家の佇まいと看板が、どことなく鶴谷洋服店に似ていました。
同じ時代の同じ業種なら、当然かもしれません。

場所は神戸と東京、と違いますが
それぞれ大空襲をうけました。
鶴谷洋服店の建物は焼けずに残り、今年築85年となります。
IMG_1166.jpg
妹尾盛夫(水谷豊)の洋服作りは、
楽しみにしていたシーンです。

畳の上にバイタ(バン板)を置き、
それが作業台となります。
クラフト紙で作った型紙を布にのせ、
チャコで印をつけ、ラシャ鋏で裁断。
そこから数十の工程を経て、服を仕立てる。
職人の仕事は、数十年を経ても変わらない事を
再認識しました。
さすがに、畳の上での作業は、現在
どれだけの方がされているかわかりませんが・・・。

鶴谷洋服店では
映画の舞台である70年前と同じ様に、
最後まで和室での洋服作りでした。

妹尾盛夫(水谷豊)が、
慣れた手付きで、ラシャ鋏でサクサクと布を裁ち
ミシンを踏む場面があります。
ほんの少し手ほどきを受けただけ、だそうですが
ベテランの職人に見えました。

久しぶりに伯父に再会したような気がしました。

つづく


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元洋服店が観た『少年H』 その1
映画『少年H』。
原作は、妹尾河童の自伝的小説です。
水谷豊・伊藤蘭の夫婦共演、また極僅かではありますが、
鶴谷洋服店も小道具で協力させて頂いた事もあり、
とても待ち遠しい公開でした。
IMG_1163.jpg
洋服店が舞台だけに、鑑賞中はもちろん、鑑賞後も、
その頃の鶴谷洋服店を想像したり、比較したりしています。

水谷豊演じる妹尾盛夫は、1902(明治35)年生まれ。
鶴谷家と比較すると、1882(明治15)年生まれの福太郎と、
1922(大正11)年生まれの光明との、ちょうど間の世代です。
この光明も、小柄で眼鏡をかけておりました。

盛夫は、まだ着物下駄履きの人が多かった1918(大正7)年、
15歳の時、広島から出て神戸の「島崎虎吉高等洋服店」に、
見習いの丁稚小僧として入りました。
修行先へのお礼奉公、他店への勤めを経て、独立。
神戸の西端、須磨に店を構え、その後弟子をとるまでに
なりました(原作より)。

ちなみに鶴谷福太郎は、1900(明治33)年頃、神戸方面での
修行を経験しています。

つづく


スーパーストア冨士屋
スーパーストア冨士屋。
1932(昭和7)年創業、今夏に81周年。

鶴谷の伯母は、ほぼ毎日、通っておりました。
鶴谷家に嫁ぐ前も、すずらん通りで生まれ育ちましたので、
伯母(84歳3ヶ月)の身体は、冨士屋の食材で出来た、
と言っても過言ではありません。
IMG_1106.jpg
冨士屋で幼馴染に会っても、お互いに、商売している者同士。
元気な姿を確認して「じゃね。」と、立ち話はしないそうです。
他店への浮気は一切無し。

伯母にとっては、そこにあって当たり前の風景なのです。
 

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