鶴谷福太郎
鶴谷福太郎
1882(明治15)年1月11日生まれ。善吉長男。
1891(明治24)年 父・善吉死去。
1895(明治28)年2月9日 塚本市太郎(ホヤ市)の徒弟となる。
1900(明治33)年 大阪・神戸方面に修業。
1905(明治38)年 高久の下職となる。
1922(大正11)年 長男光明誕生。
1925(大正14)年 長女富久子誕生。
※自身の名前、徒弟入りの日付、長女の名前に、
服(ふく)が懸けられています。


明治維新の前から洋服作りをしていた、父・善吉を幼くして亡くし、
10代の時から、60代に現在の場所に店を構えるまで、
日清、日露、第一次、第二次の4度の戦争と、
大正12年の関東大震災も経験した訳ですから、
1967(昭和42)年5月5日、永眠するまでの85年間は、
ただ洋服作り一筋…とはいかなかった事が想像されます。

晩年の11年間を共に生活した伯母に拠ると、
かなりエネルギッシュな人物だったようです。
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1952(昭和27)年頃。福太郎70歳。
鶴谷洋服店入口前にて。
店の基本的な形は、現在も変わりません。
左端に、ラドリオロックの文字が見えます。