職人現る
先日夜、そのままにしてある洋服店の看板と店の灯に誘われて、
一人の男性がいらっしゃって、お話していかれました。

その方は、銀座のテーラーに小僧入りして修行し、
仕立て職人をされていたそうです。
私共には、仕立ての技術が無いどころか知識もほとんど無い事に
呆れつつも、そのお話は、鎧屋、森脇、ホソノ、後藤テーラー、
英国屋、コナカ、青山…といったお店の話から、
洋服作りの技術論にまで及びました。

かなりお酒を召されており、声が大きく勢いがあるため、
正直申しまして、最初は少し怖かったのですが、元職人と分かると、
会話は噛み合わずとも、おっしゃる事が気になります。
「何言ってるかわかる?わかんねえか」と、暖簾に腕押しでしたが、
「南海キッチン! あそこはうまいよ!!」という言葉にだけは、
(知ってる名前が出たっ!)と、大きくうなずけた私共でした。
私共なりに要約すれば、腕を持った職人の活躍の場が減っていく
のは、時代の流れとは言え寂しい、という風に聞こえました。

同時に居合わせた他のお客様には、騒がしく、大変失礼してしまい
恐縮しておりますが、その一方で、伯父やその先祖と同業の職人が
突然目の前に現れ、まるで映画でも観ているような、不思議な
ひと時でもありました。
素面ならもう少し洋服の話を伺えたのに…とも思います。

かつていたという、鋏一つ持って渡り歩く渡り職人とは、
こんな感じだったのか…とか、
鶴谷福太郎も良く参加したという洋服師の寄り合いは、
さぞや賑やかであったろう…とか、
想像は巡ります。

もうすぐお盆です。
鶴谷家3代の職人が、近くに来ているのでしょうか・・・