薗部袴店
1930(昭和5)年の神保町町会の地図では、
現在の鶴谷洋服店の場所に
「薗部袴店」とあります。
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すずらん通りで生まれ育った伯母達の脳裏には、
優しい薗部のおじさんの顔が、今でもはっきりと浮かぶそうです。
夏休みのラジオ体操で、ハンコを押してくれた…などと。
因みに当時のラジオ体操の会場は、
ミヤタ文具やサンマルクカフェ前の十字路でした。

第二次大戦中は明日も解らない非常時です。
多くの店が神保町の地を離れる決断をし、疎開しました。
もう少しで終戦という頃、
薗部袴店であった場所に鶴谷洋服店が入り、現在に至ります。

初期の鶴谷洋服店の店内は、袴屋のまま畳敷きでした。
伯父の父は、着物で店に出ていたとも聞きます。
一見ミスマッチですが、かえってそれが、
これから西洋服を仕立てようというお客様の、
想像を膨らませ、優越感をくすぐるような事が、
あったかもしれません。

鶴谷に残された道具の中に、
「薗部」と書かれた物差しが一本、紛れておりました。
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薗部さんご一家は、お元気でいらっしゃるでしょうか…。